KGKヒデ主事の徒然日記

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夏期学校準備委員会スタート

夏期学校
夏期学校(伝道キャンプ)の準備がスタートした。

5人の学生と担当実行委員(発注者)、
そして主事(今日は3人)。

各自の自己紹介の後、
担当実行委員(前年度準備委員長)が、
準備において御言葉に聴くことの大切を説く。

その後は、各役職の説明。

これがまた、良かった。

会計、書記、渉外という仕事は、
一見すると地味で目立たない。

しかし、O主事がこの職務の尊さを説明し、
それぞれの職務にいのちを与えていた。

会計は、夏期学校でどんな伝道をするのかを
判断する働きなのだ。

何かをやろうと思うと、そこにはいつもお金がかかる。
限られた予算の中で、何を選び取っていくのかを
判断するのが会計なのだ。

書記は、単に記録を取っている係りではない。
準備委員会に何が共通の決定事項となったかを
告げ知らせる、一致をもたらす働きなのだ。

そして、そこに記述されたものを後代に伝え、
それを過去の財産として引き継ぐ使命がある。

聖書もまた筆記者(書記)がいたから、
今の僕らは読めているのだ。

渉外も単に奉仕の依頼をする仕事ではない。
準備委員会の思いや願い、祈りを奉仕者に
共有していく働きなのだ。

それは交わりに仕える働きともいえる。

このように、各職務はそれぞれ尊い。

今年の関東地区の年間テーマは、
「キリストのからだを建て上げよう!」

夏期学校の奉仕分担においても、
キリストのからだの多様性を見るのだ。

その一つ一つに意味と価値があり、
それぞれがその力量にふさわしく働くことにより、
キリストのからだは建て上がっていく。

最後は「こんな夏期学校にしたい」という宿題を
分かち合った。

3時間を越えたミーティングだった。

濃密な時間だった。

準備委員と担当実行委員&主事が、
これからどのような夏期学校を作っていくか楽しみだ。
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結婚式

結婚式
先週の土曜日に続いてKGKの友人の結婚式に
出席してきた。

そろそろ結婚式にも、
慣れてきた。

流れや雰囲気もわかってきた。

毎回同じことを書くが、
やっぱり誓約の時間は、
今回も印象的だった。

今回は、結婚式の式次第にお互いの
誓約文が印字されていた。

これは初めて。

そして、お互いが、司式者の後に従って、
自分たちで誓約を言い直していた。

その誓約は次の通り。

「あなたは神の教えに従って、夫(妻)としての分を果たし、
常に妻(夫)を愛し、敬い、慰め、助けて変わることなく、
その健康の時も、病の時も、富める時も、貧しき時も、
良い時も、悪い時も、命の日の限りあなたの妻(夫)に
対して堅く節操を守ることを、約束致しますか。」

これを一人称で言い替え、最後を約束しますとして、
誓約していた。

言葉として聞き、文字として見て、
改めてすごいことを誓い合っているんだなと思う。

お二人の歩みに幸あれ。
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護教と異端の境界線

今日は教会史の授業だった。

考えさせられたことがあった。

(なので、今日のブログは長いです。)

今、学んでいるのは2世紀前後の教会。

2世紀末頃の教会(キリスト教徒)は、
不安定な立場に立たされていた。

とは言っても、絶え間なく迫害の危険に
さらされていたわけではなかった。

教会への迫害は、地域性や時代性(つまり皇帝が誰か)に
よって異なっていた。

この時代のローマ帝国の一般的な政策は、
トラヤヌス帝が次のように指示したとおりであった。

『キリスト教徒は積極的に探し出す必要はない。
しかし彼らが当局に連行されたら、棄教するか、
さもなければ処罰される。』

したがって、教会(キリスト教徒)は、周囲からの
好意を得ておくことが重要だった。

悪い噂が流れては困るのだ。

そこで、悪い噂が流れてもそれが事実でないことや、
キリスト教についてのより良い知識を提供することが
求められてきた。

そこで誕生したのが「護教家」と呼ばれる人たちである。

ユスティノスはその草分け的な人である。

彼の護教論は古典思想(ギリシア哲学)のキリスト教化。

つまり、キリスト教(信仰)を当時称賛されていた
ソクラテスやプラトンの哲学によって説明しようとしたのだ。

ユスティノスは「ロゴス(普遍的な理性)」が、
キリスト教とギリシア哲学の接点となることを見出した。

ここではユスティノスについては詳しく取り上げない。

彼の後、クレメンスやオリゲネスという護教家が
登場したが、彼らは基本的にはユスティノスと
同じ路線の護教論だ。

教科書には、

「彼(クレメンス)は自分自身を聖書解釈者と見なしていたが、
実際には寓喩的解釈を用いることによって、プラトン主義に
基づく概念や教理を聖書の中から読み取っていた」

「それでもなお、オリゲネスの精神がキリスト教徒よりも
むしろプラトン主義者であったことは否定できない。」

と記されていた。

2人ともギリシア哲学(特にプラトン主義)によって
キリスト教を弁明しようとしたのだが、本人たちの
気づかぬ(?)間に、プラトン主義のフィルターで
聖書を読み取るようになってしまった。

これでは、護教家というより、下手したら異端教師
となってしまう。

彼らの教え全部がずれているとまでは言わないが、
危うい解釈もある。

聖書をこの地上の学問で説明し、弁明しようとすること
自体は間違ったことではない。

確かに、聖書の真理とこの世の学問には接点があろう。

ただ、これは十分に気をつけないと、
聖書真理そのものを歪めてしまう危険性がある。

私はこの講義を聞いていて、これは2世紀の問題だけでなく、
現在も問われていることだと思った。

現代において護教に用いられるツールは、

「科学」

だろう。

自然科学のフィールドで、
創世記1章の解釈を巡る議論が白熱するのは、
この時代における護教活動なのかもしれない。

私は農学部だったので、学生時代はこうした議論を
好んでいた。

そして、進化論を否定して、創造論を自然科学的に
証明することがキリスト教信仰の弁明(護教)だと思っていた。

しかし、ある時、創世記1章は、そうした議論で
言われていることを伝えようとしているのではない
ことに気づいた。

その時、この議論にどこまで意味があるのかと思わされた。

また、この論議は果たして本当にキリスト教信仰を
弁明し、護教するものかと思ってきた。

護教と思いきや、護教にならない。

これでは本末転倒だ。


また、最近の教会は心理学的・経済学的手法を、
ふんだんに牧会や教会運営に取り入れている
傾向があるようだ。

これ自体は否定されるものではない。

ただ、そうした手法を取る際に、

「キリスト教(教会)は世の中でも役に立つ宗教」

というアッピールが見え隠れしているような気がする。

確かにキリスト教(教会)は世の中でも力を持つ。

それは福音が持つ力ゆえに。

しかし、それが福音の持つ力ではなく、
福音でないものによってキリスト教(教会)を
アッピールしているならば、教会が地の塩としての
塩気を失っているのではないか?

護教のはずが、護教にならない。

護教のアプローチを聖書以外からのものに求める時、
異端との境界線は、実は常に傍近くにある危機感を
覚えておく必要がある。

今の時代に問いかける授業だった。

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友人の結婚式

カナブン結婚式
昨日、学生時代に一緒に地区役員をやっていた
メンバーの結婚式に列席した。

仕事柄なのか、結婚式に出席することが
増えてきている。

ところで、元O主事の結婚式の時のブログにも
似たようなことを書いた気がするが、
誓約の言葉は何度聞いても厳粛で重い。

その言葉が持つ意味の重さはもちろん。

その誓約を、

「神と人の前に誓います。」

と告白する2人からもその重みが伝わってくる。

結婚式とは、誓約を神と人の前に告白することを、
神が良しとされた時なんだと思う。

月並みな表現だが、
やっぱり結婚式は神様の導きによっての出来事なのだ。

結婚式の厳粛さとは打って変わって、
披露宴の二人ははっちゃけって、楽しそうだった(笑)

2人に幸あれ


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T大聖研

今年度初の聖研。

T大に訪問。

クリスチャンと求道者と僕の3人。

創世記の1章全体から神の創造について
学んだ。

求道者の学生が、

「神って何でもできちゃうようですけど、
正直、本当なのかなと思います。」

と。

正直な感想だと思う。

それにしても聖書の最初が創世記で、
しかも、一番初めに書かれているのが、
神による創造。

その学生の分かち合いを聞いていて、
この1章(1ページ)のために、
聖書に躓き、これを読むことを諦める人が
世の中にはいるんだよなーと思った。

しかし、また同時に、聖書は僕らが躓く、
躓かないということなんか気にせず、

「初めに、神が天と地を創造した。」

と揺り動かされることなく、これまで言い続け、
これからも言い続けていくんだと思った。

この創世記の物語を語り伝えたヘブル人たちは、
後世の人々がここに躓く、躓かないなんていうことは
見ていなかっただろう。

むしろ確信をもって、いつもこの創世記の1章(その冒頭)を
語り伝えていたのだろう。

で、それはここにないと駄目なんだろう。

黙示録の最後に、実は、

「初めに、神が天と地を創造した」

と書いてあっても、これではグリコのおまけのようになってしまう。

やっぱり、最初にあることに意味があるのだ。

これありきで始まる世界観なのだ。

うーん、深いですね?聖書。

今年も聖研の訪問が楽しみだ。
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サイゼで我思う

ミラノ風ドリア
昨日は多摩のブロッ祈。

13名の学生が集まった。

場所は中大の会議室。

ブロッ祈後、

「よし、飯食いに行くぞ!」

と、いつものあのノリで学生たちとご飯に行った。

僕は大戸屋に行きたかったのだが、
混んでいたため、仕方がなくサイゼリヤに。
(まあ9人も入らないか…)

多少久しぶりのサイゼ。

ということで、ミラノ風ドリアを頼んだ。

「あっ、この味。そして、このわらわらした雰囲気」

今年度が始まったなと思った瞬間だった。
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説教演習を前にして

私が説教を一番している「場」は、
実はKGKのブロックではない。

教会の日曜学校である。

大学2年から中高科の教師となり、
ほぼ毎月1回のペースで説教をしている。

今もそうだ。

当時の説教を時たま読み返してみると、
目を瞑りたくなるようなものが多い。

当時は、

画を書いてみたり(これがまた…)
指人形を使ったり(アンパンマンの…)
ひとり劇をしてみたり(空回った…)

と、色々とやっていた。

もちろん、遊んでいたわけではなく、
中高生たちに分かりやすく、
御言葉を受け取ってもらおうと思ってのことだった。

しかし、「今じゃできないな」と思ってしまう。

この「今じゃできない」という変化は、
説教というものを多少なりとも
理解してきたからだと思う。

神の言葉を取り次ぐことの恐れを、
知り始めたからだと言える。

このことは、釈義することに
時間をかけるようになった。

”いかに”伝えるかよりも、”何を”伝えるかに重きを
置くようになったと自分の中では受け止めている。

”いかに”より”何を”が優先されるのは、
言うまでもない。

ただ、”いかに”もまた軽視されるべきではない。

学生時代の僕が、今より中高生たちに
御言葉が届くようにと意識していたかどうかは
分からない。

ただ、届くためなら何でもやるという
気概はあったように思う。

そうした気概自体は、意味あるものではないかと思う。

「今じゃできないな」

ということで守られてきたものもある。

しかし、それと同時に、
御言葉が持つ力強さ、インパクト、ダイナミックスさを
殻に閉じ込めてしまったのではないかと思う。
(学生時代の説教にそれらのものがあったとは思わないが)

実は今度の日曜日に中高科で初めて説教演習をする。

私が担当だ。

説教も担当。

説教演習を前に、自分の説教を吟味する日となった。
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信頼と服従

「幸せは歩いてこない。
だから歩いていくんだね?♪」

この不況で閉塞感を覚える世の中。

そんなに簡単に幸せはやってこないと思うかもしれない。

自分を含め、周りを見渡しても、
絶えず不安なことが付きまとう僕らの人生。

幸せはあるのだろうか?

不安を解消するために安心を得ようと躍起になれば、
一時的な安心感は得られるだろう。

でも、また別の不安が訪れる。

それを繰り返したり、そこに陥ったりしやすい僕ら。

いや、僕。

不安と対峙するのではなく、

「神への信頼と服従」

と神と対峙するのだ。

その信仰の応答でなければ、
本当の幸せはやってこない。


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最後の仕事

DSCN3860.jpg
今日は伊勢崎線ブロック祈祷会。

今年度からの担当はN新主事。

でも、今日は説教奉仕のため参加。

開始時間になってもなかなか学生たちは来なかった。

「あれ、何でだろう」

と少々不安になっていたら、一気にドドドッと。

しかも、見慣れない顔が。

ブロック役員で獨協大のS兄が、

「うちの新入生です」

と紹介。

何と、獨協大の新入生が2人参加していた。

情熱的な感じの学生と
物静かだが内に秘めるものを
もっていそうな対照的な2人のように思われた。


ブロッ祈後、夕飯を食べに行こうと誘った。

伊勢崎線ブロックではあまり
ブロッ祈後に食事に行く文化がない。

新入生が来たこともあったが、
学生たちがブロッ祈後の食事の交わりを
これから文化とし、こうした形での交わりを
大切にして欲しいと願ってのことでもあった。

前任主事の最後のあがきだ。

全員が参加してくれた。

9人。

快挙だ。

もう残すことはない。

今度こそ僕の役割は終わった。

伊勢崎線ブロックに幸あれ。
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残念な昼食、いや、残念な自分

ブナシメジ2
昼飯にラーメンを作って食べた。

麺をゆで、お湯を沸かす。

具はメンマとチャーシューだけで、
ちょっと寂しかったので、
そばにあったブナシメジを入れてみた。

というのも、昨日昼飯にピザを焼いて
食べた時にブナシメジを乗せて、
そこそこいけたということがあったからだ。

ところがこれが良くなかった・・・

そもそも入れたこともさることながら、
入れるタイミングもまずかった。

何を血迷ったか、
ラーメンが出来上がった状態に
生のブナシメジをのせてしまった。

余熱でどうにかなるだろうという
浅はかな考えである。

どうにもこうにもならなかった。

きのこの生臭さがスープに徐々に
浸透してくる。

その浸透を止めようとブナシメジを
食べてみるのだが、生なので食べようにもない。

仕方がなく、せめて麺や具を救出しようと、
彼らを避難させる形で、僕のお腹に駆け込ませた。

そして残ったのは、ブナシメジとスープ。

このまま捨てるのは何だかブナシメジが
もったいない気がして、電子レンジで
スープと一緒に温めた。

ブナシメジは一応食べれるまでには
なったが、そもそも彼はラーメンに合う
食材ではなかった。

2度目の落胆。

ヒデ、ショック!
(久しぶりですね)

残念な昼食だった…

いや、それよりも、

ブナシメジがラーメンに合うんじゃないかと選んだ自分、
しかも余熱でいけると生のままで入れた自分、

が、一番残念だった…
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洗礼式

DSCN3855.jpg

昨日はイースター。

私の所属教会で3名の方が受洗された。

誓約の言葉に

「はい」

と答える3人の方々。

この誓約の時は、私も自分が
何を信じているのかを改めて
確認する時でもある。

3人の兄弟姉妹のこれからのの歩みに
主の豊かな祝福がありますように

P.S.
本当は受洗された3人の方を遠くから写した写真を
掲載したかったのですが、あまりにも暗すぎたので、
替わりに別の写真を。(教会の子どもたちによる賛美)
といっても、こちらも暗いんですがね…
カメラの撮影うまくないんです。
トホホ…

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教会論の学び始まる

2009年度の主事会企画が始まった。

キリストのからだ?この時代の教会を建て上げる者として?

そう、僕らは教会を建て上げる者としての召しがある。

「教会を建て上げる」

言葉として言うだけなら簡単だ。

でも、その言葉に生きようとするときに
直面しなければならないことは、

「もう自分はこの教会を建て上げることに参与できない」

と諦めそうになるくらいの現実だったりする。

「言うには易し、行なうには難し」


今日の学びのタイトルは、

「教会の系譜?中間時代を経て」

というもの。

中間時代の歴史を辿った。
(今は『第二神殿時代』という呼び名の方が一般的らしい)

捕囚による離散(ディアスポラ)、神殿の破壊、ヘレニズムの台頭と侵食

こうしたものなどが相まってユダヤ人は律法教育に
力を入れるようになった。

その中心は、パリサイ派(律法学者)。

彼らは民衆から支持されていた。

この当時は”ある意味”聖書が十分に語られていた時代。

しかし、神の目から見ると、イエス様がこの地上に
やってくるのに、

「時が満ちた」

のであった。

不思議なものだ。

聖書が十分に語られている。

ユダヤ人たちは御言葉に従おうと以前より熱心になり、
もはやバアルを拝むなんてもっての他という
時代にまでなっている。

ある意味、イスラエル宗教共同体としては、
成熟しているようにも見える。

しかしだ。

イエス様はこの時にこそ来る必要があった。

確かに、律法を忠実に守るように律法教育に
力を入れるようになったことは評価されることだ。

しかし、その一方、

行い(法律)を守ることに関心が傾きすぎ、
神ご自身を問うことが薄れてしまったのではないか、

という評価もできなくもないのだ。

そして、罪の悔い改めというよりは、
律法を守ることによって義とされる、
「行為義認」という思想体系が形成されていった。

そうした見方からすれば、

イエス様の誕生はやはり必然だったのだろう。

そして、イエス様はそうした罪の体系と真正面から
衝突したのだ。

だから、イエス様が対峙したのは、ローマ帝国やヘロデ大王ではなく、
パリサイ派や長老たちであった。

使徒の働きにおけるステパノの説教は、
自らを正しいとするユダヤ人の指導者たちへの痛烈な批判である。

「アブラハムから始まる神の救いのご計画の系譜に連なるイエス・キリストを、
お前らは十字架につけてしまった。」

というものだ。

彼らが教会の系譜から、神のご計画から
ずれてしまっていることに気づかせようとしている。

批判を超えて、非難ともいえる。

それは彼らユダヤ人のプライドをズタボロにする発言だった。


このことは今の僕らの時代とは関係ないことなのか?

そんなことはない。

最初に言ったように、今回の主事会企画のテーマは、

「キリストのからだ?この時代の教会を建て上げる者として?」

である。

「この時代」

に生きているということは、その影響を避けることはできない。

否が応にも知らず知らずのうちに影響を受けている。

それを謙遜に受けとめる必要がある。

「行為義認」

に相当する何かが私たちの時代にもあるのだ。

イエス様の救いはそれと激しく衝突してくる。

だから、この時代に問われるのは、
何よりまずキリストの教会だろう。

「世は不完全で、教会は大丈夫」

という図式ではない。

教会を建て上げるとは、そうした私たちの時代の教会に
根深く住み着いた罪と対峙すること。

それは決して楽なことではない。

むしろ、それが良いものとして教会では
受け入れられている可能性だってある。

それを問題として取り上げる時、
ステパノにユダヤ人が歯軋りを立てて
怒り狂ったように、厳しい現実と向き合うことが
私たちにも待っているのかもしれない。

しかし、教会を建て上げるとは、
この時代の教会がきちんとキリストの救いの光に
照らされることが必要なのだ。

それは私たちキリスト者がキリストの救いが何たるかを問い直し、
その透徹した眼差しで教会を捉え直すことである。

その時、痛みはあっても、キリストにある回復と希望があるのだ。


次回のお知らせ
5月15日(金)19:00?21:00@KGK事務所
教会論?「教会の素描?初代教会の姿」

学生、卒業生、興味のある方は是非!


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牛乳一筋60年

牛乳
高井戸。

今の家に住む前に住んでいた土地だ。

そこにある区民センターのプールで
久しぶりに泳いだ。

かなり疲れた。

頭が痛くなった。

とりあえず、運動後の一杯をどこかで飲もうかと
痛い頭の中で思いついたのが、
牛ブタ(牛乳のふた)をもらっていった、

「あの牛乳屋」

小学校の時に通学路でいつも
通り、時に1円玉を拾ったあの牛乳屋。

まだやっているのかなと思って
覗いてみたら、やっていた。

コーヒー牛乳
いちご牛乳
飲むヨーグルト

迷った挙句に選んだのは、
飲むヨーグルト

懐かしの味だった
(というほど、昔飲んでいたわけではないけど)

久しぶりだったので、全然面識はなかったが、
そこの店主の奥さんと話した。

もう60年も続いている牛乳屋。

店主の旦那さんが高校の時に
始めてからずっと。

店主は配送車(といっても自転車)で、
朝に夕に牛乳を届ける毎日。

しかし、年齢も重なり、重い牛乳を
届けるのは徐々に大変になってきているよう。

奥さん、長男、店主の弟さんも一緒に
配達しているが、多くは店主が。

「牛乳は薄利多売だから、沢山売らないと
やっていけないのよね?」

この不況のご時世、なおさら大変だろう。

「色々あるけど、私はこれ(牛乳を届けて、帳簿をつけること)を
やるだけでも精一杯なの。」

それまでの話を聞いていると、
夫婦2人で牛乳屋を営むだけで、
大変なのがよく伝わってくる。

新聞やTVを見ているだけでは、
全く意識することがない牛乳屋という稼業。

しかし、僕の知らないところで、日々、
黙々と、各家庭の「朝の元気の源」のために
牛乳を届ける夫婦がいる。

それを続けて早60年。

それにしても60年。

牛乳を配達し続けて60年。

雨にも負けず、風にも負けずに牛乳を
配達し続けてきたのだろう。


帳簿をつけていた店主がひょっこり、
何かを探しに店先に出てきた。

その時に見えた今もなお保たれる
筋骨隆々とした肉体は、
その60年間の勲章でもある。

僕はこれから60年、何をし続けているんだろうか?


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桜?いや、写真が好きなんです

yuta.jpg

今週はどこもかしこも入学式シーズン

僕も先週聖契神学校の入学式だった

それにしても入学式と言えば、

それは、

やっぱり、 

「桜」

ですよね!

そんな桜を背景に写真を撮るなんて、
もうないだろうと。
(そんことはないか…)

しかし、今日思わぬ形で。

何を隠そう一番下の弟が現在幼稚園児。

今年から年長。

今日は進級式だった。

親の急用で、突如僕が時間を調整して、
弟の進級式に行くことになった。

教会付属の幼稚園のため、
進級式では賛美や聖書の言葉が出てくる。

アウェーなんだが、ホームな感じ。
(分かります、この意味?)

幼稚園までの道のりは神田川という川沿いを
自転車で20分近くこぐ。

川沿いは桜が満開。

弟が

「おにいちゃん、写真」

と行きにずっと言ってきたので、
帰りは撮ることにした。

僕はてっきり桜を写真に撮って欲しいのかと
思っていたら、弟は自分も撮って欲しかったよう。

一枚撮って満足かと思いきや、
別の場所で撮ってくれと。

面倒くさいなと思いつつも、
もう一枚。

彼は結構ナルシストなのだろうか…

そんなわけで、今日の写真は、
何枚か撮ったうちの選りすぐりの写真です


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自分の整理のためです

教会史入門
昨日(月曜日)、神学校の聴講が始まった。

教科書も渡された。

その中の一冊に、

「教会史入門」

という本がある。

書名を裏切らない、教会史の入門のテキストである。

こう言うのも、早速今日読みきってしまったからだ。

140ページで、平易な日本語で著されている。

が、私がブログとしてまとめると、それはかなりな分量。

長いのは読みたくないという方。

今日は控えた方が良いかも…

今日のブログは皆さんのためというよりは、
僕自身の整理のためという側面が強い内容に。
(お許しください)

では、覚悟を決めた方だけ先に進んでください(笑)


初代のエルサレム教会に始まり、教会はユダヤ、サマリヤ、
および地の果てにまで広がっていった。

その後、教会は激しい大迫害の艱難期を過ごす。

そして、コンスタンティヌス大帝の「ミラノ寛容令」により、
およそ300年の迫害の時代は終わりを告げる。

その後は信条を巡って、教会は東西に分裂する。

修道院が発達し、神学もより思索を深め、
教会(教皇)は、国家(皇帝)に対して権力を
持つようになっていく。

十字軍は教皇権が最盛期だったころの象徴と言える。

この中世は、トマス・アクィナスの「神学大全」によって
「スコラ神学(理性と信仰の調和)」が発展した。

彼の死後はその反動としてドイツを中心にして
「神秘主義」が起こった。

その中心はヨハンネス・エックハルト。

しかし、信仰における個人的な経験を重んじる
神秘主義の教えは、教皇至上主義に疑問を抱く
風潮を抱かせた。

その後教皇権は衰退を辿り、教会分裂の時代へと向かう。

こうした状況のもとでカトリック教会の革新を聖書の信仰に
基づいたジョン・ウィクリフが登場する。

彼は「宗教改革の暁星」と言われる幕開け的存在だ。

その後は私たちにも馴染みのある人物たちによって
宗教改革が為されていく。

ドイツにおいては、マルチン・ルター。

スイスにおいては、ツヴィングリ、ジャン・カルヴァン、ファレル。

カルヴァンは、ジュネーブ信仰告白も有名だが、
やはりキリスト教綱要は圧倒的であったようだ。

「宗教改革の信仰の表明であると同時に、
プロテスタントの最初の、そして最大の組織神学書であった。」
(本文より)

宗教改革はイギリスを始め、その他の国にも飛び火していく。

イギリスでは聖公会が生まれた。

カルヴァンに深く傾倒していたクランマー大主教が、
聖公会の教義の42条(後に39条に修正)の起草に関わっていた。

スコットランドでは、ジョン・ノックスが中心となって、
カルヴァン主義による「スコットランド信条告白」が作成された。

ネーデルランド(オランダ、ベルギー)では、ギド・ブレによって、
カルヴァン主義に基づく「ベルギー信条」が作成された。

その後は「ドルト信条」が作成された。

このようにヨーロッパでは、カルヴァンの影響を深く受けて
信条が次々と形成されていった。

その一方、カトリックの内部でも教会刷新の動きがあった。

これを「対抗改革」と呼ぶ。

イエズス会の活動とトリエント総会議の2つである。

元軍人イグナティウス・ロヨラによって始まったイエズス会。

プロテスタントによってヨーロッパで失われたものを
東洋や新大陸において獲得しようとするために、
世界伝道に果敢に力を入れた。

フランシスコ・ザビエルはその一人であった。

トリエント総会議は1545年?1563年までに断続的に
開かれ続けた。

中世以来の教会伝承・習慣を承認し、
カトリックの権威回復への努力をした。

それと同時に、教会制度の改善、聖職者の養成など
新しい歩みも見られた。

対抗改革はヨーロッパにおいてプロテスタントとカトリックの溝を深めた。

それはドイツにおいて宗教的紛争に介入し、30年戦争が勃発した。

ヨーロッパの野を流血で染めることになってしまった。

イギリスではピューリタンが信教の自由を求めて、
メイフラワー号に乗り込んだ。

ニューイングランドの幕開けは1620年。

まずは会衆派に属する教会が生まれた。

長老教会、ルター派、クエーカー派、聖公会も新大陸に
乗り込み、教会を形成し、大学を作っていった。

しかし、教会の活動も安定期を迎えると、
宗教的熱情は冷めてくる。

そのよう中で、信仰復興運動が起こった。

ジョン・ウェスレーの協力者であった
ジョージ・ホイットフィールドは、
ニューイングランドに渡り、人々の信仰を呼び覚ました。

1740年代の終わりに近づくと、
この運動はすぐに下火を迎えたが、
与えた影響は小さくなかった。

ジョナサン・エドワードによって
「ニューイングランド神学」と呼ばれる
アメリカ神学が樹立された。

彼の神学は、正統的なカルヴァン主義に
倫理的唯理的な思索を加えている。

それは神の絶対的主権に対して、
人間の自由と可能性と責任が強調され、
修正カルヴァン主義と呼ばれている。

ニューイングランドに限らず、
17?18世紀は、ドイツやイギリスを中心にして、
敬虔主義運動(より深く自己を省察し、聖書の真理に生きる)が
起きた。

フランクフルトのルター派牧師のフィリップ・シュペーナー

イギリスのジョージ・フォックス、ジョン&チャールズ・ウェスレー

は代表的な人物である。

さて、19世紀はキリスト教伝道史からながめると
素晴らしかった。

しかし、19世紀の教会は過去の教会が抱えていたものとは
全く異なる問題と対峙することとなった。

それは近代科学を背景とする「人間至上主義」

20世紀に入ると、教会は反省期を迎えた。

教会はいかにあるべきか?神学はこのままで
人を救い得るのか?と、真剣に考えた。

スイスの片田舎に住むカール・バルトの
危機神学は人間の可能性を否定して、
救いの可能性を神の絶対性を強調し、
救いの根源を啓示に求め、教会は再び命を
取り戻した。

その後「福音派」と呼ばれるグループが隆盛する。


僕の知識は教会史の入門の入門に過ぎない。

しかしそれでも、教会が、神学が、信仰が、いかに
積み重ねられてきたものであるかを覚える。

その歴史は私たちの歩みを謙遜にしてくれる。

歴史を見る時、その時代の教会の限界を見る。

これは単純にある時代の教会や、神学を歴史から
切り取って、批判することはできないことだと思う。

また、教会が守り続けてきた同じ信仰の告白を見る。

私たちの信仰の重みと確かさと広がりを覚える。


ここに書き記したものは、私が「教会史入門」を読んで
まとめたものに過ぎない。

つまり、これが教会史だと言える代物ではない。

理解に食い違いがあるかもしれないが、
そのことを考慮して読んでもらいたい。


それにしても長くなってしまった…


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中大

中央大のビラ配りに行ってきた。

僕を入れて4人での配布。

ビラ配りは少しでも人数が多くいて欲しいところ。

でも、当日急用が入ったりして4人となった。

前回は3日に配ったよう。

しかし、その時は新入生に出会えず、
あまり配れなかったよう。

それに比べ、今日はよく配れた。

500枚くらいは配布したかも。


ビラ配りをする学生が最初、

「誰が新入生かわからないです」

と言って配るのに躊躇していたので、

「まあ聖研には誰が来ても良いから、気にせず配ろう」

と励ました。

そう、ビラ配りはビビるのだ。

僕も学生時代、ビラ配りをやっていたので、
その気持ちはよく分かる。

ただ、これはとにかく配るしかない。

ビビっても配るのだ。

『ビビッたら 配ってしまえ レッツラゴー』


配ってみると、新入生の匂いが分かり、
嗅覚が鋭くなる。

「あっ、新入生だ」

と嗅覚が研ぎ澄まされていく。

そして、彼らは結構な確率でもらってくれる。

今日は2回配ったのだが、2回目の時は学生たちも
慣れていたので、減るスピードが速かった。

「そう、やればできる子たちなんです」
(あんたは何様だ…)


あるビラを受け取った新入生らしき学生から、

「へーキリスト教?」

と、驚きと含み笑いの混じった声が聞こえてきた。

その時僕は、「この学生は聖研に来ないだろうな」と思った。

そして、自分の周りにいる学生たちが、
ノンクリスチャンであることを思い出した。

チラシは沢山配れても、どれだけの学生が
中大KGKの部室の扉を叩くのだろうか。

何人来るかはわからない。

ただ、このチラシを通して、一人でも良いから、
中大KGKの存在を知り、聖書を読むことを始める
学生が与えられて欲しいと思ったことは確かだった。

中大KGKに新入生が与えられますように
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8時だよ!全員集合!?

誕生日
久しぶりの誕生日祝い。

以前も書いたが、我が家では
7人兄弟のそれぞれの誕生日に
ケーキを買って、写真を撮るという
恒例行事がある。

といっても、最近は誕生日当日ではなかったり、
2人まとめてということもある。

今日は3月に誕生日を迎えた長女(第5子)と
6男(第7子)の誕生祝をした。

母が焼き増しをするのが嫌いで、
いつも7枚写真を撮る。

その度毎に兄弟からはブーイング。

でも、何だかんだ言って、色々な表情を
して楽しんでいたりする彼ら。

僕はわりとさっぱり、きりっとした表情が多い。
(おいおい自分で言うな…
それに今回は目をつぶってしまっている)

我が家はあまり家族全員が揃って
何かをすることは少ないので、
この恒例行事は意外と家族にとって
大事だったりする。

少なくとも僕には…

次回は予定では今月。

いつになるかな…
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支える会に支えられて

支える会
新しい年度になり、最初の仕事が、
支える会のニュースレター発行と報告会。

仕事といっても、気心知れた仲間に
働きを分かち合い、祈ってもらえる時。

今回はタイでの研修、関東・九州の春期学校の働きを
写真をふんだんに使いながら報告した。

タイの路上で象を見かけて餌をやった体験や、
いつも日本のアニメやドラマの話をしてきて、
大笑いするインドネシアの主事との出会い。

「この学生知っているでしょ?」
と相槌を求めながらの関東の春期報告。

九州の春期は説教の最初の部分を聞いてもらう
ことを予定していたが、うまく音声が流れなかった。


最後は2?3人に分かれて祈りの時。

この時が一番、「この会は支える会だなー」と改めて思うとき。

目の前の仲間だけでなく、隣でも自分のことのためだけに
祈ってくれている仲間の祈りの声が聞こえてくる。

この祈りに支えられて自分は送り出されていることを、
しみじみ思った。


帰りは近くでイタリアンを食べた。

アボガドのピザが旨かった。

僕のチョイスは良いなと自画自賛。
(笑って赦してやってください)

まあこんなことを言ったり、ここに書いても
笑っていられる関係。

それが支える会。

いやー支える会はやっぱり良いね?

次回も楽しみだ。
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入学式

聖契入学式
4月から学生になります!

今日は入学式でした。

「えっ、主事やめるの?」

「ノーノーノー」

主事は続けますよ。

でも、学生にもなります。

そう、神学生(聴講生)になります。

聖契神学校に通います。


今日はその入学式だったのです。

この神学校は午前と夜に授業があって、
働きながらも学べます。

なので、入学式は18:30からでした。

現在小学校の教員をしている
同期のM君や、
先月大学を卒業したM君も
同じ学び舎で学ぶことに。
(ちなみに彼らは本科生)

働きながらの僕には、M&Mの存在は
きっと励ましになるだろう。


入学式後に食堂で歓迎会を開いてもらった。

僕が1年生の時に参加した夏期学校で、
同じグループのリーダーの方や、
現在、関東地区の協力者をしてくださっている
方などとお会いした。

この業界は、

「どこに行ってもKGKだなー」

と改めて。

在校生たちは、

「○○校長の授業はとにかく大変だ」

と口々にしていたが、

そんなに大変なら是非、とってみたかったなーと思った。

せっかく学ぶならガッツリ、本気でやりたいです。

校長の授業は曜日上難しかったので、教会史を受講することに。

こちらも先生が学者肌の方らしく、
テストは難しいとある在学生が。

それは学び応えがあるなと楽しみですばい。


ところで、学ぶことをこんなに楽しみにしているなんて、
学生時代はあまりなかったなーと。

学べるってのは、とっても素晴らしいことですね。

よねっ?、学生の皆さん!


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