KGKヒデ主事の徒然日記

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KGK Open Day

オープンキャンパスならぬ、
KGKオープンデー

キャッチコピーは

「教会を建て上げる若者を育てるために」

130名近くの参加者があったと聞いたから、
多くの諸教会で悩み、苦闘していることなのだろう。

教会を建て上げることは、共になのだ。

一人で建て上げようとしてもうまく建てあがらない。

若者が変わることだけを目指しても、
教会は建て上がらないのだ。

教会が未だ完成の途上にあることを覚える時、
教会もまた若者(青年期)なのだ。

教会全体が変わることへの希望。

それは若者が変わることへの希望だけではなく、
教会の一人一人が変わることへの希望である。

牧師も壮年も婦人もみんなだ。

教会が青年期を歩んでいることに、
希望をもって歩みたいとは、
しみじみ思う今日この頃である。

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うぅうぅ…

昨日は多摩ブロッ祈。

杏林大の新入生が二人来た。

今年度の多摩ブロックの祈祷会には、
毎回、誰かしら新しい学生が来ている。

遂に多摩もこういう時期が…

うぅうぅ…

10人前後を推移していた人数も
今年度は大体15名前後集まっている。
(ちなみに昨日は15人だった)

うぅうぅ…

男女比も女性が8人、男性が7人と、
遂に女子学生が男子学生の人数を上回った。

うぅうぅ…

多摩ブロックで3年間を共にしてきた学生たちは、

うぅうぅ…

をわかってくれるだろう。
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突然の訃報

突然の知らせだった。

教会のある兄弟の訃報の知らせが届いたのは。

メールでの連絡だった。

しかし、そのメールを夕方まで確認しておらず、
葬儀は既に終わっていた。

その兄弟は肉体的、知的にハンディを
負っていた。

絵画が上手な方だった。

僕に自慢げに「?賞」を取ったということを
話してくれたことが懐かしい。

状態が悪いとは先日聞いていた。

しかし、まさにこんなに早くとは…

婚約の報告と結婚の予定を直接伝えることが
できなかったことに後悔を覚えた。

しかも葬儀にも出席できなかった。

きちんとお別れを告げることができなかった後悔も残る。

後悔。

葬儀に出ていたらもう少し違っていただろう。

人との別れをきちんと持つこと(葬儀)がいかに大切であるかを思う。

ただ、同時に天の御国において再会できることには慰めを覚える。

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宗教法人法の学び

仕事の関係上、宗教法人法の学びをすることとなった。

KGKの主事になっていなかったら、
恐らく買わなかったであろう本を買い、
勉強会が先々週からスタートした。

宗教法人法の前身は宗教法人令、
その前は宗教団体法である。

昔、日本はこの宗教団体法によって、
宗教は国家神道を頂点として一つにされていった。

「された」と記したが、キリスト教界は、
その道を自主的に選んだという裏側の側面もある。

戦後、GHQの強制介入により、
宗教団体法は廃止され、国家神道の復活を阻止するため、
また、宗教結社の自由性を保障するため、また、宗教活動の財産を
守るため、宗教法人法は生まれた。

しかし、オウム真理教の事件以来、
大きな改正が行なわれた。

皆さんは、この出来事をご存知だろうか?

キリスト者はこうした動向にも敏感であらねばと思う。

国家はいつその牙を向けてくるかわからない。

この学び会が、そうした時を見抜く目を養う時となることを期待している。

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stoshi.jpg

KGK Bible Camp

略して「KBC」

夏期学校と並ぶ夏のキャンプの一つ。

現在、担当主事がスイスに滞在中のため、
僕が替わりに準備委員会に出席した。

このキャンプのテーマは、

「啓示・応答・渇望?たくましいクリスチャン」

何とも武骨なネーミング。

このご時世に…

ミーティングに出席し、このごつごつしたテーマを
準備委員か説明してもらった。

終末を見つめる時、キリスト者は神様のご計画に
目をとめざるを得ない。

神の国の完成(栄化)、神の裁きと
厳然たる事実が待っている。

「たくましいクリスチャン」

とは、そうした将来にきちんと目を留めて生きている
キリスト者のこと。

こうしたことを、エペソ人への手紙から学ぶ。

うーん、楽しみだ。

P.S.
準備委員長がミーティング前に、
コーヒーを飲んで気合を入れている。
うーん、何ともたくましい?
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宇都宮訪問?

syuuhou.jpg
日曜日は礼拝説教奉仕。

金曜日にY牧師からのメールで、
その日の礼拝が年に2回しかない、
特別歓迎礼拝だということを知った。

どうりで、自分の顔写真を送ったわけかと
やっとこの時に納得した。

貴重な機会に奉仕をさせてもらうのだと
身が引き締まる思いだった。

ペテロがイエス様を3度否認するとこから語った。

ペテロの一見強さと思える勇気ある姿勢の
内側に覆い隠されていた弱さが、
否認によって明らかにされたことを語った。

歓迎礼拝ということで、初めて教会に来る方も
いるのかなと思いながら、みことばを取り次いだ。

「伝道メッセージは難しいよ」
(こういう表現が正しいかどうかは別として)

という言葉が、実際、やらせてもらうことにより、
よくわかった。

また、自分のように、一回限りの説教者が
できることには限界があるのだと思った。

牧師の存在の大きさを改めて思った。

ところで、今回、僕が説教奉仕に来るということもあってか、
週報にKGKの紹介を掲載してくださった。
(こんなこと初めて!)

先生もまた、千葉大の卒業生で、
現在の千葉大の礎を築かれた方だ。

礼拝での牧会祈祷の際には、
私のことを大変丁寧に紹介してくださった。
(婚約のことも報告してくださった)

「お知らせ」という欄に記されている事柄一つひとつを
丁寧に説明してくださり、一つひとつを丁寧に祈られる。

牧師が牧会している瞬間をまさに見た時だった。

僕のような一回限りの説教者には為せない業が
そこにはあった。

教会員は、毎週、この祈りに支えられて新しい
一週間を歩んでいるのだと思った。

僕もまた、この牧会祈祷によって、講壇へと
送り出されているのだと。


さて、午後は、高校生?青年社会人に至るまでの
クレープパーティー。

レディーボーゲン(アイス)にちょっと興奮してしまった。

公式見解ゲームもなかなか頭を使う面白いゲームだった。

今度、KGKでもやったら面白いゲームだと思う。

ここでは、僕が教会に行き始めてから、回心、主事になるまでを
一気に話した。

その後の予定のために帰らなければならず、話し終わって、
そのまま駅へと向かった。

何か非常に忙しいサラリーマンのようだった。
(実際に僕もサラリーマンともいえるんですがね)

宇都宮くらいまで来ると、僕はたいてい、
帰りは湘南新宿ラインのグリーン席に乗る。

自分へのご褒美なのだ。

この日もまた然り。

グリーン席に揺られ、電車の中で眠ろうと
思ったのだが、なかなか興奮が冷めやまず、
結局寝付けずに新宿へと着いてしまった。

いやーお疲れ様でした。僕

読んでくれた皆さんの方がかな(笑)




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宇都宮訪問?

totigi.jpg
何も書かずにブログを暫くアップしてしまいました。

先週の土曜日、日曜日と仕事で宇都宮に
行ってきました。

土曜日はまず、JECAの教会を訪問し、
N牧師から宇都宮教会史を語っていただきました。

といっても、宇都宮におけるJECAの教会史と
言った方が正しいですね。

昼食もご一緒させて頂き、
「味の民芸」に久しぶりに行きました。

「味の民芸」って知っていますか?

うどんが美味しいんですよ。

先生は学生時代に、KGKを通して、
福音主義を学んだということを仰っていて、
それが印象的でした。

僕も振り返れば、福音主義という
単語を聞いたのは、学生時代のことだった
気がします。

もう少し話がしたかった中で、次の仕事のため、
味の民芸を後にしました。

今度は宇都宮駅から一つ隣の駅の雀宮駅に
ある教会で、栃木ブロック祈祷会を持ちました。

栃木からの学生が5人参加し、初参加者もいました。

良い交わりの時でしたが、やっぱり、
集会だと交わる時間が短く、次回は合宿ができたら
良いなーとも思いました。

ブロッ祈後は、その教会のY牧師のご自宅で、
奥様の手作り料理(お店に出てくるフルコースのような料理!)を
頂き、大変手厚くおもてなしを受けました。

「炭酸はどうですか?」

と勧められて、コーラが出された時に、
何気なく輪切のレモンが入っているところに、
小さな気配りを感じました。

最後は、教会の青年が買ってきた果実を、
先生が通販で買ったというジュースを摩り下ろしながら、
ジュースにするというジューサーを使っての生ジュース。

これがまた美味かった!

翌日が礼拝説教奉仕のはずなのに、
何だか、もう、奉仕が終わった後の気分でした。

明日へ続く


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初めて出会った公式

火曜日のこと。

最近はあまりTVを見ないのだが、
久しぶりに「爆笑問題のニッポンの教養」を見た。
(毎週火曜日にNHKで23時から放送)

「障害学」

という分野を研究されている東大の教授が、
爆笑問題の二人と対談していた。

その教授自身は、9歳で光を失い、
18歳で音を失った。

「宇宙空間に放り出されたような孤独を感じる」

と氏が語っていたのは印象的だった。

光と音を失った世界には、
もはや自分の存在しか感じられなかった。

後天的なことだったゆえ、なおさら、
ショックは大きかったかもしれない。

その後、指点字と言われるコミュニケーション手段により、
再び、言葉(交わり)の世界へと戻ってくることが出来た。

爆笑問題のOは、その先生に対して、

「障害を持っていている人には天才的な芸術家や科学者がいる、
その人たちは障害を持っているからこそそういう能力に目覚めたともいえる。
健常者と障害者を比べたときに、どちらが"障害"といえるかわからない。」

と言っていた。

それに対して、教授は、

「社会から障害と取り扱われるのが障害。
天才的な人たちがいるからどっちがプラスかマイナスかわからない
というような甘いものじゃない。」

と答えていた。



最近、障害という表現を使わなくなってきたらしい。

そこに差別的な響きがあるからだ。

しょうがいと記すにしても、「障碍」と書いたりする。

もしくは「個性」とまで呼んだりする。

こうすることによって、少しでもイメージを和らげようと
し、そうした方々に対する蔑視をなくそうとているのだろう。


しかし、そんなに甘いものではないと、
この教授は訴えていたのである。

ましてやどっちが障害だなんて言えるようなものではない。


番組の最後に語っていた教授の言葉は非常に印象的だった。

「絶望=苦悩?意味」

これはヴィクトール・フランクルの言葉だ。
(※フランクルとは、アウシュビッツ収容所での体験を記した
「夜と霧」で有名なスイスの精神科医)

絶望とは、苦悩から意味が失われたときに陥るものであり、
苦悩そのものは絶望でないことを意味する。

教授は時代もちがければ、国も違うが、同じように
苦悩の意味を考え、また同感できる人に出会えて、
非常に慰められたようだ。

教授は右辺の「?意味」を左辺に移項したら、

「絶望+意味=苦悩」

になると説明していた。

意味とは絶望と思える苦悩の中にあっても、
生きる希望を与えるものだろう。

光と音を失った教授の言葉だからこそ、
このフランクリンの公式の引用には、
ずしりとした人生の苦悩の重みが感じられた。

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またいつものブログです

cake.jpg
あれからご無沙汰してしまいました。

色々と書きたいことはあったのですが、
書く時間がなかなか持てませんでした。
(言い訳ですが・・・)

まずは月曜日のことから。

昨年度まで主事会セミナーということで、
バルメン宣言の学びを提供してくださった、
A先生のお宅に関東地区の主事たちでお邪魔した。

主事をやっていて役得というか、
感謝なことは、こうした色々な先生方との交わりが
もてることである。

先生の書斎は一度見たおいた方が良いと、
かねてからO主事が言っていた言葉の意味がよく分かった。

書斎というよりは、もはや神学校の図書室だ。

テーマ・分類ごとに整然と本がきれいに並んでいる。

「全部読まれたんですか?」

とよく聞かれるようだが、本には読むべき本と
持っているべき本があるとのこと。

読んでいなくても、手元に置いておくことが、
後々大事になってきたりする。

キリスト教書は絶版になりやすいため、
そういう意味でも良書は手元に置いておいた
ほうがいい。

書斎を拝見した後は、奥様の手作りの美味しいケーキと
コーヒーを頂きながら、A先生とのお話。

途中から説教の話になった。

先生が覚える説教における葛藤や苦悩を
分かち合ってくださった。

伝道者として4年目の私にも、確かにと
覚えるところがあった。

ただ、伝道者として、牧師として既に18年
歩まれてきた先生と私とでは、少々置かれている
ステージが違うのだということも感じた。

先生が分かち合ってくださっていることは、
私がこの道でこの先も生きていく先に、
覚えることなのだろうと聞いた。

何でも自分に引きつけて考えてみることが、
必要なわけではないのだろう。

その時にはリアリティーがなくても、
聞いておくことが必要な話がある。

KGKの主事をしていると、このように、
伝道者の先輩方からの貴重な言葉に
触れることが多くある。

同僚たちの言葉だけではなく、
地域教会の牧師の一つ一つの言葉によっても、
主事は(私は)、育てられているのだ。

多くの方々との交わりがあることは、
多くの方々によって育てられることである。

何とも恵まれた職場だ。
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婚約式報告を明けて

昨日、また、今日と多くの方が、
このブログを訪問してくださり、
ありがとうございました。

今日も90人近くの方が訪問してくださり、
今回の婚約式報告が与えたインパクトの
大きさとその余波を感じています。

さて、こうなると難しいのが、
この後のブログなのです。

とは言っても、特にこれまでと変わるわけではありませんが…

まあ、いつものようにブログを書いていきますので。

今回の報告で、僕のブログを初めて訪れてくださった皆さん、
また、久しぶりに訪れてくださった方々の皆さん、
これを機に、時たま僕のブログを覗いてくださったら嬉しいです。

また、明日からいつものブログを再開しますので。

ではでは?

写真は、婚約式の時に僕がもらった腕時計です。

tokei.jpg


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ご報告

突然ですが…













6/6(土)わたくし、田中秀亮は婚約しました。







相手はというと…









松元牧子さん(KGK主事)








です。





本当です!





事後報告になってしまったのは、
私の教会の牧会的配慮のためでした。
(婚約式までどんなことが起こるわからないので)


そういう事情でしたので、ご理解頂けたらと思います。

それにしても、

とっても素敵な方と婚約できたなーと、
しみじみ思っています。


結婚式は8/1(土)になります。
覚えてお祈り頂ければ幸いです。


松元牧子主事のブログはここをクリック

CIMG0402.jpg

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自己紹介は難しい?

discussion.jpg
昨日はシンガポールの学生たちが事務所に来て、
KGKの学生たちと交わりを持った。

学生たちの手作りのチラシ寿司や、
仰山買ってきた様々なおかずが、
所狭しと集会室の長机に並ぶ。


それは食事を交えながらの自己紹介タイムの時だった。
(姉さん、事件です!)


僕はご飯を片手に、あるシンガポールの学生と
自己紹介をし合っていた。


その学生が、

「学生時代の専攻は何ですか?」

と聞いてきた。

これはよく聞かれるからすぐに返事できると思い、
軽やかに、滑らかに、そしてしなやかに

"agriculture(農業)"

と答えた。

が、相手の学生は、
それはもうわかっているよという顔をするのだ。

「ハテ、何故だ?」

と思い、もう一度

"agriculture"

と答える。

しかし、何回言っても通じていない顔をするので、
隣にいたもう一人のシンガポールの学生に
援軍に来てもらった。

そして、気を取りしてもう一度、

"agriculture"

と答えるのだが、通じないのだ。

「ハテ、何がおかしいのか?」

僕は相手の質問を間違って理解しているのかと思った。

そこに、その集会中ずっと通訳をしてくれた学生が、
近寄ってきてくれた。

"Help me !"

という心境だ。

相手の学生が僕に何を聞きたかったのを、
その学生を通して説明してもらった。

すると、やっぱり、僕の理解していた通りだった。

「ほら、やっぱり、そうでしょ。」

と思い、もう一度、

"agriculture"

と話したら、相手の学生が、

"Ah, agricultue !"

とやっと理解してくれた。

何が問題だったのかと尋ねると、
どうやらその学生には、

"I already graduated."

と、ずぅーっと聞こえていたようだった。


「アグリカルチャー」



「アイオールレディーグラヂュエイティッド」

似ているだろうか…


僕の発音が流暢過ぎた、としておこう(笑)


まあ、最後は笑いながら終わったので、

It's OK !



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シンガポールの学生来日!

前々回のブログに書いたように、
先週の土曜日から、シンガポールFES(シンガポールのKGK)の学生が
来日しています。

以下のブログから彼らの様子を知れますよ?

?関東地区全国協議委員会ブログ
?Inorimasho! A heart for Japan - God's people(ツアーメンバーによるブログ)
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教会史?修道院から考

修道院。

プロテスタントのクリスチャンには、
あまり馴染みがないかもしれない。

この修道院の起源について、
教会史の授業で学んだ。

時代は、前回のブログにも記した、
あのコンスタンティヌス大帝の頃だ。

コンスタンティヌス以降、
教会と国家の関係は緊密化し、
世俗化していく教会に警告を鳴らすような
形で修道院は発生したといえる。

キリスト者たちは教会から迫害が去り、
殉教への恐怖や希望を失った。

教会は帝国になびいていく。

しかし、信仰の修練を怠るわけにはいかない。

この末に出した結論が、砂漠に行くという選択だった。

当時、砂漠に行くことは生命の危険があった。

だから、人々が近寄るところではなかった。

それゆえ、修道士たちは砂漠を求め、そこで
信仰の鍛錬に励んだのだ。

だから、最初から修道院という形態をとっていたわけではなかった。

信仰者が自らの信仰に生きることを貫くため、
世から隔絶された砂漠へと向かった。

修道士という言葉はギリシア語で「孤独な」を意味する
モナコスに由来している。

孤独な生活を送る修道士を「隠修士」と呼ばれる。

ところで、このような人々はある時突然伝染病のように、
広まったようだ。

そのうちに、砂漠に住む隠修士が増え始め、
彼らの多くは老隠修士から学びたいと願うようになった。

これが修道院の始まりだと言える。

この修道院の始まりに大きく関与したのは、パコミウス。

祈りと黙想を教えることを理念とした。

そして、すべての所有物の放棄と上司への完全なる服従、
互いに仕え合うことを基本原則とした。

基本的に生活は貧しかったが、修道士たちが作った
製品が近くの市場で売られ、その稼ぎで生活を賄った。

また、貧しい人々や旅人をもてなすためにも用いられた。

そうした修道院に魅力を覚える人々は多かった。

世から隔絶されていたが、都市部の司教や学者は修道士の生き方が、
教家生活の手本になると考えて、彼らを訪ねた。

修道生活の理念は都市部の司教や学者を通して教会に広まった。

司教たち自身もまた、修道士化していった。

また、修道院の門を尋ねた多くは、非キリスト教徒であった。

このように、世から隔絶された砂漠に住みながらも、
世に影響を与えた修道士と修道院。

確かに彼らの生き方や姿勢から、現代の私たちも
学ぶべきことがあるだろう。

修道院は今もカトリックの中で生き続いている。


しかしだ。


最初に記したように、修道院が生まれたのは、
国家と教会が結びついたことへの強烈な反動であった。

だから、既存の教会を全否定して、砂漠へと逃れたのだった。

振り子が大きく逆に振れたのだ。

孤立と孤独を求めた先に待っていた誘惑は、
以前追い求めていた快楽に対してだけではなかった。

司教や教会の指導者ではなく、自分たちこそが
教会の正しい教えを判断するにふさわしいと考える誘惑もあった。

こちらの誘惑の方が厄介だった。

5世紀に、暴徒と化した修道士たちが、
自分たちの考えている正当主義教理を力ずくで
押し付ける事態にまでなってしまった。



全否定というレスポンスには魅力がある。

そこには新鮮さや躍動感があり、未来への期待を感じさせてくれる。

そう考えると、全否定のレスポンスは何であれ、
ある種の集客効果があると言える。

修道士や修道院においてもこの点は免れないだろう。

そして、全否定は、自分たちが正しいという孤立化を起こす。

真理は自分たちのうちにあると。

このように考えると、修道院を単純に「良かった」とは評価できない。

交わりから隔絶するとき、私たちは自分が罪人であることを
忘れてしまうか、罪の理解を矮小化してしまう。

そして、いつしか、世は悪で、自分たちは善という
パラダイムを構築してしまう。

そう考えると、キリスト者はどのように生きるべきなのか?

この世にあって、この世のものでない。

それがキリスト者の生き方なのだろう。




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