KGKヒデ主事の徒然日記

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ご飯を思う

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先日のある日のこと。

冷凍保存した白米を解凍して食べた。

最近、ご飯を解凍して食べることが多い。

その日は冷蔵or冷凍保存のご飯がなかったので、
米を炊いた。

やっぱり、炊き立ては違う。

みずみずしさはもちろんのこと、
一粒一粒のはりとつやが違う。

米が10才若返る。

モイスチャーだ。


ところで、我が家でご飯を炊く時は基本2合。

たいてい余るので、ジップロックに入れて
冷蔵or冷凍する。

今日もまたご飯は残り、冷蔵した。

今度あいつらと再会するときは、
10年の年季を積んでいるのだろう。

まあいい。

そんなお前たちも俺は好きだ。
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N大クリスマス会

先週の土曜日にN大のクリスマス会に参加した。

来年度から担当する大学のひとつだ。

A主事は明快に罪の指摘をされ、その罰としてもたらされる
永遠の滅びの存在をはっきりと語られた。

終わった後、学生たちの分かち合いから、

「いやー本当に良かったです」

という声が聞こえてきた。

また、初めてきた未信者の学生も、一生懸命メモをとって聞いていた。

しっかりと罪とその結果(罰)が語られたからこそ、
福音の響きが大きかったのだろう。

自分が伝道説教において、どのように罪とその罰を語るかを考えさせられた時だった。


ところで、このクリスマス会はみんなが一品を持ち寄ることになっていた。

僕はそのことを知らなかったので、
思いがけぬかたちで学生たちが作ってくれた
食事をいただけることになった。

ここにも『福音』がありました。

N大の皆さん、ごちそうさまでした。

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個人伝道訓練会

091211_1916~02
毎年多摩ブロックでは、
12月にクリスマス会を行なっていた。

今年もそうした声は役員の中から一度は
挙がったのだが、「何のためのクリスマス会か?」
と吟味する中で、クリスマスの時期に、
きちんと未信者の友人に福音を伝えることができるような
学びが必要ではないかという結論に至った。

そういうわけで、タイトルにあるように、
個人伝道訓練会を持つことになった。

訓練会という呼称からも推測できるかと思うが、
とても実践的な内容になった。

役員の学生が事前に未信者から聞かれた時に
困るであろう4つの質問を作成した。

そして、当日、4人一組のグループを作り、
各自が一つずつ質問を割り当てられる。

その質問を自分が未信者という設定で、
隣の人(クリスチャンという設定)にする。

質問された方は、そこで初めて内容を知る。

質問回答時間として30秒の時間が与えられる。

そして、質問に答え、質問した当事者を含めた
周りの3人が、未信者の立場として、その質問の回答が
どうだったかを批評する。

これを4回繰り返すというわけだ。

学生は8人と少なめだったが、ちょうど2つのグループに
分けることが出来た。

どの学生も30秒間必死で回答を考え、
未信者にわかってもらおうと丁寧に答えていた。

ある学生がある学生のの回答を聴き終わったあとに、

「癒されますね」

と答えていた。

こうした時というのは、とかく内容を正しく伝えなければと思い、
色々と話してしまいやすい。

しかし、情報を論理的に整然とさせて、
相手を納得させることだけが伝道における
大切なことではない。

情報は話す人そのものの人格とセットで
伝わること、その大切さを、この学生のレスポンスを
聞いていて思った。

学生たちのロールプレイの後は、
私ならばその質問にどう回答するかを
みんなの前で発表した。

ある学生から、

「そのアプローチは未信者に分かってもらえますかね?」

と言ってもらった。

主事も学生たちと共に、現代宣教を模索するものの一人だ。

それから3日後の月曜日に中央大のクリスマス会があった。

先の突っ込みを入れてくれた学生が、
未信者の友人とたまたまキリスト教の話しになり、
ブロック祈祷会でロールプレイした質問を尋ねられたのであった。

その時に得たアドバイスを踏まえながら、回答をしたら、
何とその友人たちはキリスト教に興味をおぼえ、
クリスマス会に参加してくれたというのだ。

そのことを喜びながらメールをしてくれて、
僕もとても嬉しかった。

来年度も是非できたら良いなと思った企画だった。
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KGKの新しい時代を造る会員たち

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関東地区の総会で承認されたKGK会員です。

正式団体加盟校(学校全体でKGK会員になる学内)から16名。
個人会員が13名。

計29名でした。

主がこうして毎年会員になって、
さらにKGK運動に携わる思いを
与えてくださることに感謝です。

彼らが2010年度の新しいKGK運動を造っていくのです。
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節目を思う12月総会

最近、ブログを定期的に更新し始めたら、
また、見に来てくださる方が少し増えたので、
やる気が出てきました。

このブログを覗いてくださっている皆様、
ありがとうございます!

-----

さて、主事会セミナーの翌日は、
関東地区の学生会の会員総会。

通称12月総会と呼ばれている。

しかし、その前に、
新旧の実行委員会(学生会全体の企画&運営を行なう)のメンバーで
集まり、顔合わせの時をもった。

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横並びの姿を撮ってみました。

新委員の自己紹介を聴きながら、
このメンバーでまた新しい1年間が
始まるんだという実感が湧いてくる。

それと同時に、今年から担当した
実行委員会のメンバーたちの奉仕は、
終わりを迎えようとしている実感も湧いてきた。

KGKの働きのサイクルだと、
12月という時期が節目を感じる季節だ。

1年前のこの時期は、初めて取り組む実行委員会に
不安と期待感を抱いていた。

1月からダッシュで走り、途中ペースを緩めたりしながらも、
最後まで走り続けてきた。

気づけばゴールはもうそこまできている。

あともう少しだ。

振り返ってみると、メンバー一人一人が、
この奉仕を通して、成長したなーということ。

それは祈り会の時に挙げる祈祷課題を通して、
神様が一人一人を育ててくださったことから思う。

1年間が終わる。

新しい1年間が始まる。

今度はどうなる。

楽しみだ。
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旧役員のメンバー@総会後に行ったそば屋
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お辞儀の角度に現れた信仰

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先月から、千葉にある神学校の校長先生を
されているY先生の日本教会史の学びが始まっている。

今回は教育と宗教の衝突というテーマ。

教育といっても、当時の教育は、教育勅語による
臣民化教育。

宗教と言っても、宗教全般ではなく、キリスト教。

つまり、今回のテーマは日本国とキリスト教の衝突
といっても差し支えないだろう。

今回も先生に余すところなく(いや、まだ足りなかったか?)
語って頂いた。

印象的だったことの一つに内村鑑三の不敬事件がある。

内村は勤務先の第一高等中学校の倫理公同で行なわれた
始業式での教育勅語の奉読式において、教育勅語に対して
『最敬礼』をしなかった。

このことが内村の不敬事件といわれる。

不敬事件といっても、最敬礼をしなかったのだ。
身体を90度にまで折り畳む最敬礼をしなかった。

つまり、内村は『敬礼』はしたのだ。

90度まで身体を折り畳まない。
この角度の中に、内村の曲げられない信仰の姿勢があったのだ。

教育勅語に対して最敬礼することは、内村の信仰の良心が、
それを許さなかったのだ。

しかし、

「お辞儀の角度なんて些細なことじゃないか?」

という声が一方ではあるかもしれない。

しかし、

「キリスト者として問われることは小さなこと」

だ、

と先生は話されていた。


「キリスト者として問われることは小さなこと」

私たちの日々の信仰者としてのあり方を吟味させる
言葉だ。


「この時代に生きるキリスト者として問われる小さなこととは何だろうか?」

と、帰り道の電車の中で考えた。
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ひと時の休息

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説教演習で力を出し尽くした翌日は
休みだった。

先日あるTV番組で紹介されていた
「しゃぶしゃぶ温野菜」
というお店で夕飯をとることにした。

この店は何と言っても安い!

僕が妻と一緒に食べたコースは、
国産の特上豚カルビ・特上豚ロースが1人前ずつ、
さらにボリュームたっぷりのこれまた
国産の野菜が入って、一人当たり1480円。

何で国産なのにこんなにも安いのか?

それは牛角と同じ系列会社で、
肉や野菜のルートを確保できているからだ。

だからこんなにも低価格なのだ。

それにしてもまた美味い。
本当に美味かった…
泣けてきた。

カルビは脂の甘みを楽しみ、
ロースは肉の味を楽しむ。

しゃぶしゃぶのスープは2種類選べて、
僕らはとんこつスープとすき焼き(昆布出汁の)スープにした。

対照的な味わいがあるので、
スープも飽きない。

最後はきしめんをすき焼きスープで煮て、
卵でとじてしめる。

そして、北海道の生キャラメルをふんだんに
滴らせたアイスクリームを食べてしめる。

もう何も文句ないっす。

ごちそうさまでした!
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説教演習

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説教演習

それは

『まな板の上の鯉になるときである』

--------

先週の月曜日に説教演習があった。

今回は私とN主事が説教演習をさせて頂いた。

主事は学生に対して、教会に対して、
説教する奉仕の機会が『感謝なことに』与えられている。

説教演習をすると、説教する機会が与えられていることが、
当然なのではなく、させて頂ける『感謝すべきものである』
ことを深く教えられる。

それは自分のようなものが説教者として立つことを
許してくださった憐れみ深い神様を知るからだ。

また、日頃説教を忍耐と愛をもって聴く学生や
神学校を卒業していない者を教会の講壇に立つことを
許してくださる教会の方々を思い起こすからだ。


さて、『まな板の上の鯉』と形容したが、
説教演習とはあの角度からこの角度からと、
あらゆる角度から容赦なく包丁(説教に対する批評)が入る。

説教者は批評者のコメントをじっと黙ってきているのだが、
その心中は、

「ずばっ」「ぐさっ」「ぐふっ」

といった鈍い音を立てている。
(少なくとも私は)

そのほとんどは、

「やっぱりそこをつかれてしまったか…」

というものだった。

自分の説教における課題、いや、説教者としての課題が
浮き彫りにされた。

それらはすぐに改善していけるものから、
時間をかけて取り組まなければならないものまである。

自分の説教者としての在り方の本質を問われるようなものさえある。

でも、どの指摘も説教者を建て上げる言葉として
発言してくださったので、どれも感謝な言葉であった。

まな板の上で鯉が味わう包丁の痛みは、
美しい刺身となっていくためのものなのだ。

だから、説教演習後に思ったのは、

「こんな説教ならもう自分は説教者をやめたい」

ということではなかった。

課題はあっても、なお、説教者として神と人が
立つことを許してくださっていることへの感謝。

また、その奉仕に厳かに、また誠実に取り組んでいきたいと
いう積極的な思いだ。


「また説教できることが楽しみだ」

と帰り道に思えたのは何とも感謝なことだった。


P.S.写真は説教演習の時の参加者からのレスポンスを書き記したもの

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支える会

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栃木ブロック合宿から直行で事務所に。

15時から支える会のニュースレターの発行と
報告会だった。

今回は幹事の外にも3名の卒業生が集まってくれた。

一人は自分で焼いたパンをプレゼントしてくれた。
(僕にというよりは妻にだったのだが…)

一人はニュースレターの発送作業を最初から手伝ってくれた。

一人は千葉からわざわざ足を運んでくれた。

疲れを吹き飛ばす支える会のメンバーとの交わりだった。

P.S.写真は12月総会の議案書を渡したて懐かしさにふけっているメンバーたち
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栃木ブロック合宿

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先週の金曜日、土曜日で栃木ブロックの合宿に
行ってきました。

僕は栃木の学校も担当しています。

場所はJR宇都宮駅の隣である雀宮駅から
車で15分くらいにある教会。

今年の6月にも栃木ブロック祈祷会で
使わせて頂いた教会でした。

参加者は栃木の学校の学生が2人、
その教会のKGKの交わりに集っている学生が1人、
この栃木の学校を担当している学生が1人と
計4名の学生でした。

最初は参加できる人が少ないので、
開催をどうしようという声もあがりました。

でも、人数が少なくてもそれでも集まれる人はいるのだから、
やることになりました。

やってみて、やっぱりやって良かったです。
(「や」が多いですね…)

何が良かったかって、
交わりが良かったです。

ある学生がそう分かち合っていました。

「教会に大学生がいないので、KGKで、同世代と
交わりがもてるのは刺激的です。」

片道約2000円をかけてここまで来たことが
報われる思いでした。

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