KGKヒデ主事の徒然日記

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調布花火大会

100724_1948~02

東京では今年度最初の花火大会。

調布の花火大会に、
妻と弟(一緒に歩いていると息子と間違えられる)と
3人で行ってきました。

最初とあって、かなり混雑していました。
東京ドームくらいのお客さんは来ていたと
言っても過言ではないくらいの人ごみでした。

弟を肩車していたりすると、
弟何だか、息子何だかと感覚的に
わからなくなりそうでした。

久しぶりに花火を見に行きましたが、
飽きさせない工夫があって、
結果的には混雑ながらも楽しいひと時でした。
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親父を目の前にしての説教

所属教会の礼拝説教奉仕が、
他の教会での場合と違うこと。

2、それはうちの親父がいること

うちの親父はノンクリスチャン。
息子が説教するということで、
親父が2週連続で礼拝に来てくれた。
所属教会だからこそいる聴衆。
教会員以上に自分のことを知っている人。

うちの教会では礼拝の最後(説教後賛美と頌栄の間)に、
バイブル&フェローシップという時間がある。
これは説教の分かち合いを各会毎に行なう。
時間は10分程度。

親父は壮年会のところに連れて行かれ、
僕もこの時ばかりは壮年会のところに出席。

僕はピリピ人への手紙の1章を2回にわたって、
講解した。

親父が説教の感想として分かち合っていたことは、
2回ともだいたい同じだった。

「いやーパウロはすごい。投獄されれるという
苦しみの中にあっても、ピリピ教会のことを思うその心遣いが。
また、そうした中でも喜んでいられるというのが」

僕としては、説教の中心は、もう少し別のところに
あったので、正直「親父、そこかよ?」
という残念な思いもした。

O主事がうちの教会で説教してくださった時の
レスポンスは良かったので、

「おっ、うちの親父も説教をちゃんと聞いているじゃないか」

と感心し期待していたのだが…


まあそれは僕の提示の仕方がうまくなかったのだろう。
また、親父にピリピ書が難しかったというのもあるだろう。

しかし、親父を前にして講壇に立つというのは、
何ともこれまた説教者として、伝道者として
心のうちに燃えるものを感じた。

今度こそ親父に説教の中心を掴んでもらえるような、
そんな説教ができるようと願う。


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所属教会での礼拝説教奉仕

牧師夫妻が4ヶ月のリフレッシュ休暇を取っておられるので、
所属教会で2週にわたって、説教奉仕をさせて頂いた。

教会の婦人会のある方から、

「もう色々なところでご奉仕しているから慣れているでしょ?」

と快活に言われたのだが、
所属教会での説教奉仕は他の教会の時とはこれまた違った。

所属教会での説教。

1、それは自分のことを小学生の頃から知っている方の前で説教するということ

日曜学校で僕が生徒だったころを知っている方々の前で、

学生時代に「これ食べなさい」といつも手に何か握らせてくれた婦人会の方々の前で、

もはや学生ではなく伝道者として見ようとしてくださる壮年会の方々の前で。

「ヒデ、何を語るんだ」

その視線は所属教会だからこその優しさと厳しさがあり、
いつも以上に緊張感があった。

礼拝が終わった後、様々な方が声をかけてくださり、
良かったと言ってくださった。

こういうときは、説教者を労わっている面もあると思うが、
説教の内容を触れつつ、また今の自分にどう届いたかと
レスポンスしてくださる方もいたのは、
とても励まされたことだった。

これはある壮年会の方の分かち合い

「苦しみもまた恵みというメッセージはこれまで何回か聞いたことがあった。
また、日本人は苦しみに対して忍耐、忍耐、忍耐というメンタリティーがあるから、
とにかく忍耐なんだととなりやすい。
でも、今回のメッセージで、生きることはキリストということが語られ、
それとはまた違った信仰の次元があるのを知ることができた」

でも、この方は「先週の話はよくわからなかったけどね」
とも別のところで話されていたようだ。

わーお。手厳しい。

鍛えられますわ。

次回へ続く
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