KGKヒデ主事の徒然日記

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葬儀に出て

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昨日のことなのだが、
教会である方の前夜式が行なわれた。

私はそれまで家で説教準備をしていた。

その説教は3月に行なわれるものなのだが、
如何せん4回の説教奉仕が任されているので、
今からの準備でもむしろ焦っているくらいだった。

そんな中、葬儀へと向かった。

多くの方が列席していた。

教会の葬儀に出席していつも感じるのは、
何かその時間は、これまでのすべてのことが
忘れ去られること。

目の前のあんなに忙しく焦っていた仕事が、
いったいなんだったのかと思えてくるほどに。

それは人の死と対面するからだと思う。

そうした時、

「結局、自分は何者であり、この先人生をどう生きるのか?」

という自己の実存のあり方を根底から問うことに行き着く。

そうすると、目の前のこのことであくせくしていた
自分を少し冷静に見つめられる。


故人の知人や親族の方が生前の思い出を
分かち合ってくださった。

仕事に精を出し、バイタリティーにみなぎった方で、
多くの方に慕われてきた方なんだと感じられた。

私は自分の葬儀の時に、どのように語られて
この地上を去っていくのだろうか。

そんなことを思いながら、寒い夜道を自転車で
帰っていった。
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