KGKヒデ主事の徒然日記

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10同期会合宿

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2010年3月に卒業する学生たちを
対象とした合宿を行なった。

職業観・労働観・進路選択などを
テーマに学んだ。

講師はKGKのY主事。

ここで語られたことを懇切丁寧に説明すると
長くなってしまう。

なので、ポイントを絞って分かち合いを。


「主が家を建てるのでなければ建てるものの家はむなしい」(詩篇127篇2節)
「実を結ぶものはみな、もっと多く実を結ぶために刈り込みをなさいます」(ヨハネ15:2)

これらのみことばに集約されていく2回の講演だったように思う。

?私たちの建てる家はどんな家か?

主ではなくとも私たちは家を建てることが出来る。

しかし、その家は生涯続くような、むなしいと言われない家だろうか?

このことは、キリスト者の価値観から見た時に、
本当に価値があり、譲ってはいけない部分が何かを問い、
現在の職業選択・進路選択を考え、行動しているだろうか?
というチャレンジだった。

2010年の4月に待遇や環境の良い企業に入るにはどうすべきかという視点ではなく、
2050年(仮に40年働いたとして)にキリスト者として何を残しているかという視点で、
人生を考えさせてくださったように思う。


また、このテーマは「自分の賜物は?」「神様のみこころは?」と問い、
それは自分で見つけ出して、判断していくものだと思われやすい。

でも、キリスト者の歩みは、むしろ余分な部分に気づかされ剪定されていくもの。

それは私たちの人格が整えられ、成熟していく歩み。
仕事は結局のところ、能力ではなく、それを行使する人格が問われるもの。
(スキルや能力は必要だが、仕事の質は人格が問われるということ)

こうした2回の講演があって、

「今日のメッセージ、やばかったですよ」
「このままじゃまずいなぁ…」
「もう少し考えた方が良いかな…」

と学生たちの応答は様々だった。

正直、今回だけで、学生時代にその真意をすべてを汲み取れる
メッセージではなかったように思う。

それほど、生涯にわたって問われていくことが何かを語ってくださったように思う。

だから、5,10年後に、再び今回のメッセージを聞いたり、レジュメを読み直したら、
違った味わいというか、納得があるんだと思う。


5月にこのテーマでまた合宿をする。

楽しみだ。
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