KGKヒデ主事の徒然日記

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IST報告??泰面鉄道に揺られて

クワイ河
IST報告も今日で7回目。

そろそろ飽きてきただろうか?

もしそうならばお許しを。

今日がラスト。

帰国日はフライトが夜の11時だったので、
それまではフリーだった。

なので、同僚のT主事と共にタイの観光に行くことにした。

タイと言えば、

・泰面鉄道
・クワイ河収容所

と、2人の中では一致していたので、
近くの旅行代理店で申し込み、早朝から出かけた。

ところで泰緬鉄道とは、別名Death Railway(死の鉄道)
と呼ばれている。

太平洋戦争時に、日本兵がアジアでの戦いにおける
物資の輸送路を確保するために造った鉄道。

おもにオーストラリア人、オランダ人、ドイツ人といった
連合軍の捕虜が鉄道建設に強制労働させられた。

枕木の数だけ死者が出たと言われるほど、
労働環境は劣悪だった。

ところで、当地のタイ人はというと、
人数的に見ると、あまり関わっていなかった。

それもあってか、タイ人は、この泰緬鉄道に対する思い入れはないよう。
だから、日本人を恨むということはあまりないと、
同行したタイ人のガイドは言っていた。

実際、この泰緬鉄道建設に関する遺品が展示された博物館に行ってみたが、
おもに連合国に関する資料が展示されていた。

博物館の近くに戦死者の墓があったが、それは連合軍の兵士たちのものだった。

しかし、歴史の影にうずもれてしまった多くの名もなきアジア人労働者もいるのも事実。


博物館を後にして泰緬鉄道へと向かった。

クワイ河に架けられたクワイ河鉄橋は映画「戦場にかける橋」の
モデルともなった橋。

ここから私たちは今も一部の区間で利用されている泰緬鉄道に乗車した。

汗と血が滴る中で枕木が置かれ、レールが引かれ、戦争の物資を
運ぶために利用された泰緬鉄道。

しかし、今では、観光客用の席と一般客用の席に分かれるくらいに、
観光列車と化した泰緬鉄道。

売り子が次々とやってきてはTシャツなどを売ろうとする。
観光客は外の風景を写真に撮っていた。(私もその一人)

歴史の重みがどこかに消え去ってしまったような泰緬鉄道の乗車だった。


その後は、昼食をとり、ホテルに戻った。

最終日にしてタイを知ったというのが感想。

このタイ観光もまた、僕にはISTの最後の研修だったと思う。

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