KGKヒデ主事の徒然日記

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護教と異端の境界線

今日は教会史の授業だった。

考えさせられたことがあった。

(なので、今日のブログは長いです。)

今、学んでいるのは2世紀前後の教会。

2世紀末頃の教会(キリスト教徒)は、
不安定な立場に立たされていた。

とは言っても、絶え間なく迫害の危険に
さらされていたわけではなかった。

教会への迫害は、地域性や時代性(つまり皇帝が誰か)に
よって異なっていた。

この時代のローマ帝国の一般的な政策は、
トラヤヌス帝が次のように指示したとおりであった。

『キリスト教徒は積極的に探し出す必要はない。
しかし彼らが当局に連行されたら、棄教するか、
さもなければ処罰される。』

したがって、教会(キリスト教徒)は、周囲からの
好意を得ておくことが重要だった。

悪い噂が流れては困るのだ。

そこで、悪い噂が流れてもそれが事実でないことや、
キリスト教についてのより良い知識を提供することが
求められてきた。

そこで誕生したのが「護教家」と呼ばれる人たちである。

ユスティノスはその草分け的な人である。

彼の護教論は古典思想(ギリシア哲学)のキリスト教化。

つまり、キリスト教(信仰)を当時称賛されていた
ソクラテスやプラトンの哲学によって説明しようとしたのだ。

ユスティノスは「ロゴス(普遍的な理性)」が、
キリスト教とギリシア哲学の接点となることを見出した。

ここではユスティノスについては詳しく取り上げない。

彼の後、クレメンスやオリゲネスという護教家が
登場したが、彼らは基本的にはユスティノスと
同じ路線の護教論だ。

教科書には、

「彼(クレメンス)は自分自身を聖書解釈者と見なしていたが、
実際には寓喩的解釈を用いることによって、プラトン主義に
基づく概念や教理を聖書の中から読み取っていた」

「それでもなお、オリゲネスの精神がキリスト教徒よりも
むしろプラトン主義者であったことは否定できない。」

と記されていた。

2人ともギリシア哲学(特にプラトン主義)によって
キリスト教を弁明しようとしたのだが、本人たちの
気づかぬ(?)間に、プラトン主義のフィルターで
聖書を読み取るようになってしまった。

これでは、護教家というより、下手したら異端教師
となってしまう。

彼らの教え全部がずれているとまでは言わないが、
危うい解釈もある。

聖書をこの地上の学問で説明し、弁明しようとすること
自体は間違ったことではない。

確かに、聖書の真理とこの世の学問には接点があろう。

ただ、これは十分に気をつけないと、
聖書真理そのものを歪めてしまう危険性がある。

私はこの講義を聞いていて、これは2世紀の問題だけでなく、
現在も問われていることだと思った。

現代において護教に用いられるツールは、

「科学」

だろう。

自然科学のフィールドで、
創世記1章の解釈を巡る議論が白熱するのは、
この時代における護教活動なのかもしれない。

私は農学部だったので、学生時代はこうした議論を
好んでいた。

そして、進化論を否定して、創造論を自然科学的に
証明することがキリスト教信仰の弁明(護教)だと思っていた。

しかし、ある時、創世記1章は、そうした議論で
言われていることを伝えようとしているのではない
ことに気づいた。

その時、この議論にどこまで意味があるのかと思わされた。

また、この論議は果たして本当にキリスト教信仰を
弁明し、護教するものかと思ってきた。

護教と思いきや、護教にならない。

これでは本末転倒だ。


また、最近の教会は心理学的・経済学的手法を、
ふんだんに牧会や教会運営に取り入れている
傾向があるようだ。

これ自体は否定されるものではない。

ただ、そうした手法を取る際に、

「キリスト教(教会)は世の中でも役に立つ宗教」

というアッピールが見え隠れしているような気がする。

確かにキリスト教(教会)は世の中でも力を持つ。

それは福音が持つ力ゆえに。

しかし、それが福音の持つ力ではなく、
福音でないものによってキリスト教(教会)を
アッピールしているならば、教会が地の塩としての
塩気を失っているのではないか?

護教のはずが、護教にならない。

護教のアプローチを聖書以外からのものに求める時、
異端との境界線は、実は常に傍近くにある危機感を
覚えておく必要がある。

今の時代に問いかける授業だった。

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