KGKヒデ主事の徒然日記

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結婚1ヶ月を経て

先日、結婚して1ヶ月を迎えた。

結婚前に教会のある姉妹からお祝いとして
頂いた「すこやかな時も病める時も」という
本を読むことにした。

著者の妻がアルツハイマーに罹り、
著者は、周りの説得の中でも、
コロンビア大学の学長を辞め、妻の介護へと専念していく。

結婚式のときに誓約した「すこやかな時も、病める時も」
という言葉を著者はこの決断の時に思い出したそうだ。

しかし、夫婦で過ごした記憶と肉体的な自由を失っていく
妻を介護することは甘いものではない。

著者は正直に、

「彼女の一つの一つの死は、私の身体の一部の死に等しい。」

と表現している。

しかし、辛いのは、妻とその悲しみを共有できないことにあるのだろう。

外出しても妻が探しに出てきて迷子になってしまう。

トイレも一緒についていかなければならない。

自由が奪われ、どんどん生活が束縛されていくにように
思われる。

しかし、その中で

「束縛は輝かしい解放になり得ること」

ということに告白へと導かれた。

妻の介護は、束縛ではなく、妻を愛することに
解放されたことだと著者は告白する。

「束縛ではなく解放」

結婚式を1ヶ月を過ぎた僕の中に、
重みのあることばとしてこだまする。
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