KGKヒデ主事の徒然日記

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

別窓 | スポンサー広告
∧top | under∨

中大で見たキリストのからだの建設

久しぶりの学校訪問。

7月以来だから、実に3ヶ月ぶり。

先陣を切って訪問したのは、中央大学。

昼休みのDPMと3間の聖研に参加した。

聖研後、ある学生から

「実は聖研があまり面白くないんですよ」

と相談された。

その学生の話によれば、もっと聖書の背景や原語の意味が
わかり、神学的な理解が深まる中で、
「やいやい」と言い合う聖研がしたいようだ。

聖書そのものを学ぶだけではなく、
聖書を理解するために必要な学びが、
今、学内に必要だという問題意識。

これは大事なことだ。

聖研は自分のフィーリングにはまった所を
みんなで分かち合う交わり会ではない。

当時の背景や文脈、教理的な理解が備わって、
聖書の理解は深められる。

さらに、プラスするならば、人間理解も必要だ。

そういう知識が増す中で、お互いが自分の現実に即して
聖書から分かち合う時、その聖研はきっと面白いはずだ。

今日の聖研箇所はKGKスピリットを学ぶ『神に遣わされて』の
テキストの「超教派」から。

今年の関東地区の年間テーマ聖句のエペソ4:16の箇所だ。

学内聖研について真剣に話し合っている学生たちの姿は、
まさに、そこでキリストのからだを建て上げていた。


別窓 | 学校訪問 | トラックバック:0
∧top | under∨

この記事のトラックバック

∧top | under∨
| KGKヒデ主事の徒然日記 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。