KGKヒデ主事の徒然日記

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説教演習

100527_1404~01
現代学生理解の後は、説教演習

今回は4月から新しく主事、GAとなった3人の方々。

どの説教もその説教者の持ち味が
出されていて、教えられることが多かった。

説教演習に出ていていつも難しいと思うことは、
説教後の批評の時間に、何を言ったらよいかということ。

毎回来てくださる牧師K先生やO主事は
色々と説教の良さや課題を指摘されるのだが、
僕はそれを聞いて納得しているので精一杯。

感想は言えても、説教における課題を指摘するのは、
難しい。

説教批評は、単に自分の好きか嫌いかという次元で
話せばいいものでもない。


司会のO主事が、

「ここで(批評の時間に)語ることはなかなか緊張感がある」

と言っていたが、そう緊張感があるのだ。

なかなか言葉がでなかった。

語る言葉が見つからない自分にふと意識が向いたときに、
自分には説教を正しく批評する視点が養われることが
必要だと思った。

人の説教を正しく批評できないということは、
自分の説教を正しく批評できないということでもある。

僕は説教をする際には、完全原稿を書くが、
それを事前に自分自身で批評したり、
説教後に評価することにおいて、
自分の未熟さを改めて自覚したということだ。

説教者にとって、説教の聞き手の反応は
いつも気になるもの。

しかし、説教の評価が、そこだけに依存してしまうと、
説教は変質してしまうだろう。

毎回説教演習を通して教えられることは深い。

こうした機会が定期的にあることは、
本当に幸いなことだ。
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