KGKヒデ主事の徒然日記

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「レールを広げ、スピードを緩めるゆとり」?

昨日の続きです。


学生たちが祈祷会で、

「学内には自分以外にクリスチャンがいないので、
早く仲間が与えられて、活動が始まるように」

と祈祷課題を挙げることがある。

私も親身になって祈る祈祷課題だ。

しかし、一方で、学内で他のクリスチャンと出会うことなく過ごすこともまた、
神様の御心なのかもしれないと考えることもあるのではないかと思う。

私は学生時代、自分のキャンパスにはクリスチャンは私を含めて2人しかいなかった。
幾度となく新しい人が与えられて欲しいと思い、祈り、祈ってもらった。

紹介された学生もいた。
しかし、結局最後までいたのは2人だけだった。

卒業後1年間活動は途絶えた。
しかし、その翌年に新入生が与えられて今では活動が興隆してきている。

神様にはご計画があり、時があるのだと卒業後に徐々にわかってきた。

私たちは「この状態に至ることが神様の祝福だ」とか
「今、この状態になることが神様の御心だ」と
決めつけてしまうところがある。

自分のレールとスピード感ではなく、
神様のレールとスピード感がその時はわからなくても
しっかりと向き合えるように、時間をかけて祈ることを励まし
続けていくのが主事の働きであり、学生主体である。

もちろん、明確で迅速な判断を下すことが必要な時もある。

両者は矛盾しない。

けれども、そのことを考慮しても、
やはり最初から「このレールしかない、今変わらなければ!」
と変化を焦って求めすぎないことが、今の時代はより大事な
ような気がする。

他のレールの可能性を考えたり、スピード感をゆるめる余裕や
ゆとりを学生たちと共に大切にしていきたい。


文責:関東地区主事 田中秀亮

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