KGKヒデ主事の徒然日記

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沈黙

沈黙
遠藤周作の「沈黙」を読んだ。

「神はまだ黙っておられるのか?」

ポルトガル人の司祭である
ロドリゴが幾度となく問う。

神の助けがいっこうにないように思われる時、
つまり、状況や環境がいっこうに変わらない時に
私たちも抱く問いである。

状況や環境が変わらなくとも、その状況をどう受け止めるかという
信仰が変われば、そこに神の語りかけを聴く。

しかし、死の淵に立たせられたロドリゴ。
そんなに簡単にすべてを達観できるわけではない。

達観したと思っても、様々な誘惑が彼を襲う。


「わたしは踏まれるためにこの世に来た。
それこそ沈黙が破られた瞬間ではないか。」

その側面は認めつつも、それを沈黙の答えとして
言い切ってしまって良いのかという戸惑いも覚える。


最後に考えたのは、信仰に生きるとは何なのか?


まだ、整理しきれていない。
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